はじめてのチェリビダッケ
さてここから本チャンですが、最初ということでここはひとつ、わが最愛の指揮者チェリビダッケを聴いたことがないけどまず何を聴いたらいいの、という方を想定してわたしなりのオススメを考えてみます。
手始めとして、重要と思われる要素を箇条書きしてみましょう。
- 入手しやすいこと
- 音質が良いこと
- 遅すぎないこと
- チェリならではの魅力が端的に伝わってくること
前半については言うまでもありません。EMIやDGGからリリースされている正規盤が該当するでしょう……か(物による)。
問題は後の二項で、微妙に二律背反的であることが察せられるかと思います。独自のテンポだけがチェリの特徴ではないとしても、それがこの指揮者ならではの魅力と分かちがたく結びついていることには否定しがたいものがあります。レパートリーの表看板たるブルックナーが特にそうですね。あの遅さは馴染みのない者にとってはどうしても抵抗感があるため、わたしとしては、チーズ初体験の人にいきなりブルーチーズを食べさせるような冒険はすべきではないと思います。
(一)ロシア音楽
自分がチェリに目覚めたきっかけが展覧会の絵だったので、最初はロシア物が良いのではなかろうかと思います。展覧会の絵か、プロコフィエフがまずは思い浮かぶところで、後者の第五交響曲(シュトゥットガルト放送響を指揮したDGG盤)は「チェリビダッケ=遅い」という固定観念を打ち崩すに足る鮮烈な機動性が聴く者を圧倒するでしょうし、展覧会の絵ではテンポの遅さが「ビドロ」の深い悲哀や「キエフの大門」の桁外れの壮麗に直結しているため、初めてチェリを聴く人に対しても説得力のある演奏だと思います。ただしEMI盤は録音の加減のせいか弛緩して聴こえる演奏なので、同じミュンヘン・フィルを指揮したALTUS盤を選ぶべきでしょう。この一九八六年に、巨匠はベルリン・フィルハーモニーに乗り込んで伝説的な同曲の名演を成し遂げています(わたしが普段聴いているのもこの演奏です)。チェリ様とミュンヘン・フィルがもっとも充実していた時期の記録です。DGGのシュトゥットガルト放送響盤は、ミュンヘンを知った耳には発展途上の感あり。
(ただしわたしはALTUS盤を聴いていません。ベルリン討入ライヴさえあったら他の展覧会の絵はいらない、となってしまうもので……)
シェヘラザード(EMI)もおすすめできる演奏で、この曲といい展覧会の絵といい、まま「通俗名曲」として通っていますが、チェリビダッケの棒にかかると初めて聴く曲のような趣があります。
ただしチャイコフスキーはちょっと濃すぎかもしれません。悲愴の一楽章第二主題など、はじめて聴く人はたいていあまりの遅さにのけぞります。
(二)フランス近代音楽
先にあげたプロコフィエフの交響曲では、躍動するリズムもさることながら、精緻のきわみともいうべき緩徐楽章がチェリビダッケならではの聴き物となっています。極限まで磨き上げられた響きの美しさを堪能できるのがフランス近代音楽で、ブルックナー、ロシア音楽と並んでチェリビダッケのレパートリーの三本柱をなしています。ただし極め付きとも言うべきクープランの墓やダフニスとクロエのミュンヘン・ライヴが正規盤ではリリースされていないのは残念。正規盤でわたしがもっとも好んでいるのはルーセルのへ調の組曲と小組曲(EMI)ですが、これは曲が少し渋すぎるでしょうか――DREAMLIFEからリリースされているDVDも魅力的な内容ですが、これはブルックナー並にテンポの遅さが際立つ演奏なので初チェリとしてはおすすめしません。
(三)それでもドイツ物が聴きたいというあなたに
なんで日本人はこんなにドイツ音楽が好きなんでしょうね。
チェリのドイツものというとどうしてもまずブルックナーが出てきますが、EMIのチクルスは音質が劣悪なことで有名で、わたしもあまりおすすめしたくありません。DGG盤は未聴ですが、第三交響曲(わたしは海賊盤で聴いた)は良い演奏です。他の曲はミュンヘン時代のものの方が好みですが……
ミュンヘン・フィルを指揮したものということであれば、ALTUSから第五交響曲が出ています。これはわたしも聴いていますが、名演の名録音と言えます。この二曲はあんまり遅すぎないですしね。わたしは思いっきり遅い四番、八番、九番が好きなんですが……
他の独墺音楽はロシアもの、フランスものと比較しても異化度高めの演奏が多いため初チェリとしておすすめしたいものは少ないです。本人が好んで指揮していた曲目としてはブラームスの第四番、シューマンの第二番、ベートーヴェンの第七番、レオノーレ第三番などがあり、いずれも教徒感涙ものの名演奏です。
(四)最後に
正規盤各レーベルごとの総体的な印象を以下に挙げます。
- EMI――正規盤のはしりで、枚数もいちばん多いです。専らミュンヘン・フィルとの録音。音源がミュンヘン・フィルによる自主録音とバイエルン放送による放送録音との二系統に分かれており、前者の奥行きがない平板な音質はあまり誉められたものではありません(特にリリース第一弾、第二弾において顕著)。演奏の質は結構色々で、好みは人それぞれとはいえ「当たり外れがある」という意見は誰しもに共通するようです。
- DGG――二匹目の泥鰌。シュトゥットガルト放送響との演奏メインです。ソースはすべて放送局由来(秘密の小箱を除いて)ですが、帯域の高低をカットしたリマスタリングはEMIのバイエルン放送音源盤と比較しても加工臭が強いように思われます。演奏自体にも編集の手が入っており、たとえば拍手のフライングがあったと思しき演奏では、終結部のエコーに不自然な処理が施されています(具体的にはローマの松)。EMIみたいに拍手も収録すればこんなことしなくたっていいのに……演奏水準は高止まりの部類でしょうか。
- ALTUS――最近になってミュンヘン・フィルとの一九八六年来日公演の放送録音がCD化されました。リマスタリングで変なことをしていないためとても結構な音質です。わたしが聴いた限りではいずれの演奏も高水準です。
正規盤はこんなもんです。