2008-07-01から1ヶ月間の記事一覧

コルトーのブランデンブルク協奏曲第五番

コルトーのバッハ嫌いについては先に述べた通りですが、例外的にブランデンブルク協奏曲は「その完璧な均衡のゆえに」巨匠の偏愛するところであったとか。特に第五番の録音(EMI盤)は、コルトーが弾き振りし、盟友ティボーが弓をとったというその顔合わせの…

夏に記す『冬の旅』の印象

『冬の旅』を聴くときはいつもつまみ食いになってしまうので、たまに全曲通して聴いてみました。今回はひさしぶりにヒュッシュ/ウド=ミュラー盤(※わたしの手持ちは新星堂盤)です。口跡のうつくしい、丁寧で端正な歌唱です。動的な情感表出はきわめて抑制的…

フーベルマンの無伴奏

フーベルマンの無伴奏はSP期にいくつかのフラグメンツがありましたが、ライヴでパルティータ第二番の全曲が遺されています。無伴奏ソナタ第一番などは実演でも抜粋のかたちで取り上げるにとどまっていたことを思えばこの全曲演奏は破格の扱いと云えましょう…

リヒテル夫妻の『詩人の恋』

リヒテル夫人のニーナ・ドルリアクが歌手だということは知識として心得ていたものの、CASCAVELLEから三枚組CDが復刻されてはじめてわたしもその歌を聴くことができました。一部を除いて夫君との共演で、ロシアものが大半を占めますが、バッハやモーツァルト…

エネスコのピアノ

先にわたしはヴァイオリンに対するエネスコの不満の言葉をいくつか引きましたが、それが同時にピアノへの愛着をも語っていたことはなかなかに興味深く思われます。一義的には、エネスコの作曲家としての本性、さらに云えば根っからのポリフォニー音楽体質に…

エネスコの無伴奏(六)

最後に、アウトサイダーとしてのエネスコについて。『バッハの演奏法については、誰の指導も受けなかった。私は手探りで、暗闇を進んでいきました』とエネスコは自ら語っていますが、その「暗闇」とは、バッハ認識が今ほど進んでいなかった当時の状況の謂で…

エネスコの無伴奏(五)

個人的な昔話をすれば、エネスコの無伴奏を初めて聴いたときに感じたのは、尋常ならぬ切迫感でした。テンポの速さについては先にも述べましたが、その苦しげなアゴーギグも、先にラ・フォリアや詩曲を聴いて心底エネスコにまいっていたわたしには、あまりに…

エネスコの無伴奏(四)

脱線めきますが、十人中九人が絶賛するラ・ヴォーチェ=トーンレーデのコンチネンタル盤板起し(長ったらしいので今後「例のCD」で統一)の音質について。残念ながらコンチネンタル盤を聴いたことがありませんので何とも云えませんが、戦後のフルトヴェングラ…

エネスコの無伴奏(三)

『わが友よ、お前はとてもきれいで可愛い。だが、この私にはお前は余りにも小さ過ぎるのだ!』世に名高い独白が示すように、エネスコは時としてヴァイオリンを憎むこともあったヴィルトゥオーゾでした。それは一般に作曲をする時間を奪う演奏活動への苛立ち…

エネスコの無伴奏(二)

最初に、エネスコのバッハ演奏四箇条を確認しておくのも悪いことではないでしょう(これも『回想録』より)。 第一条 速度に対して宣戦を布告すること――正しい音の強弱をつかむために。バッハの前奏曲を音の強弱なしに演奏するのは、水が漏れる蛇口に等しい…

エネスコの無伴奏(一)

エネスコの無伴奏というと兎角技術の衰えが指弾されがちです。賛否こそ異なれ、この演奏についてしばしばなされる「腐っても鯛」式の物言いと「伝説の名演といわれるがどこが良いのか分からない」といった類の難詰とは、つまるところこの同じ出発点から導き…

マックス・フィードラーのシューマン

シューマンの第一交響曲で特別に気に入っている演奏のひとつがマックス・フィードラー指揮ベルリン放送管の一九三六年ライヴです(MUSIC & ARTS)。ブラームス指揮者として名高いフィードラーですが、シューマンも「極め付け」としてそれに優るとも劣らぬ高…

ユニバーサルにやられた

すごく悔しい。

シュトゥットガルトの春

(ここの続きです)シュトゥットガルト放送響を指揮した一九八一年ライヴはDGGからも一部がリリースされているプロコフィエフの≪ロミオとジュリエット≫と同日の演奏です。七十歳前後というと指揮者としてもっとも脂の乗り切った時期とよく云われますが、この…