エネスコの無伴奏(四)

脱線めきますが、十人中九人が絶賛するラ・ヴォーチェ=トーンレーデのコンチネンタル盤板起し(長ったらしいので今後「例のCD」で統一)の音質について。

残念ながらコンチネンタル盤を聴いたことがありませんので何とも云えませんが、戦後のフルトヴェングラーを「ゆですぎたうどん」呼ばわりしたM(いちいち名前をあげることさえ汚らわしく思われる)の弟子が例のCDを「九十五点の出来」と云っておったので、再現性については、とりあえず疑念を差し挟まないでおきます。

しかし――です。世間は広いもので、あのモヤモヤしたフィリップス盤の方がよかったとか云う特異な方がいらっしゃるみたいですが、わたしもそれに与しようとは思わないものの、WINGから出ていた第一パルティータ、あれは判然と「別物」でした。

柔らかく雰囲気の豊かな音で、よい意味でアナログ感のある復刻です(個人的な趣味嗜好もかかわってくる領域ではありますが)。例のCDは――と云うと、より鮮明かもしれませんが、音色などいくらか寒々しく感じますし、ちと耳あたりがきつい。七十八回転録音やベートーヴェンの協奏曲のライヴで慣れ親しんだエネスコの音色を自ずと感じさせてくれるのは、断然、WING盤のほうなのです。

忌憚なく申し上げれば、ビダルフ等のCDでエネスコのひびきのイメージをすっかり頭に叩き込んであって、脳内補正が利くひとならいざ知らず、エネスコを初めて聴くのが例のCDでは、巨匠の真価を見誤る虞が高いのではなかろうかとわたしには思われてなりません。

ただし、両復刻の音質の相違は再生技術の問題とは限らないのかもしれません。というのもWINGのCDはコンチネンタルではなくレミントン盤の板起しなのです(レミントンというのはコンチネンタルと同じプロデューサーが興したレーベルなので、いってみればハントとアルカディアみたいなもの。演奏自体は同一です)。同じトスカニーニでもアメリカ・プレスとヨーロッパ・プレスでは音質が随分違うとか云いますが、おそらくエネスコの無伴奏もコンチネンタル盤とレミントン盤では何かの加減で音質が違っているのでしょう――というか、コンチネンタルのプレスがかなりお粗末なのではなかろうか(Mの弟子の言を信じるのであればそうみなさざるを得ない)。とすれば例のCDの仕事にわたし如きが文句をつける筋合いなど毛頭ないのですが。

残念ながら、レミントンから「再発」したのはこの第一パルティータだけだったとか(こんな復刻盤も出てるみたいですね)。何のかのと云ってわたしも普段は例のCDを聴いているのですが、たまにWING盤をかけると、ほかの五曲もこの音で聴きたかったなあ、と思わずにはいられません――はかない願いではあります。