コルトー

APRのコルトー戦後録音第四集

APRはここ数年にわたってコルトーの戦後録音(なかには貴重な未発表音源も含まれます)を復刻してきましたが、このたび第四集がリリースされました。主に一九五三年から翌年にかけてのテープ録音が収録されています。少々予想外だったのは今回がシリーズ最終…

コルトーのショパン/第一バラード(五)

一九三三年盤は、一見、最初の録音に先祖帰りしたかの観ある演奏です。たとえば、第一主題で左手にスコアでは指示されていない強弱をつけたり*1するのもそうですし、フレージングの抑揚にいたっては二六年盤に輪をかけて濃密です――こう書くと「お前のいって…

コルトーのショパン/第一バラード(四)

(承前)――こう書くと、二九年盤はさもいいことづくめのように思われるかもしれません。いかにも、コルトーの同曲異演中もっとも万人受けしうるのは、おそらくこの演奏でしょう。ショパンの形式感が尊重されているし、技術は安定している――ということはすな…

コルトーのショパン/第一バラード(みたび)

(こちらの続きです)こうしてふたつのレコードを聴いて感じたのは、相性ということでした。一九二六年盤は、思うに解釈やスタイルに関してそれほど自覚的でなく演奏されたもので、コルトーの心づもりとしては、ウェーバーやリスト、シューマンを弾くときと…

コルトーのショパン/バラード第一番(承前)

(こちらの続きとなります)すでに述べたとおり、一九二九年盤は旧バラード全集の一部をなすものですが、HUNTのディスコグラフィーによれば、第一バラードはほかの三曲が二九年の三月十一日に録音されたあと、この曲のみ同年六月七日に吹き込まれた演奏だと…

コルトーのショパン/バラード第一番

ここではバラード第一番を例にとりましょう。プレリュード集やソナタより一つ多い、三つの同曲異演を比較しうる便がありますし、各演奏を聴きくらべてゆくことを通じて、佐藤泰一氏をして「バラ一といえばコルトー、コルトーといえばバラ一」とまでいわしめ…

コルトーのショパン(承前)

コルトーはショパンの作品を幅広く取上げたのみならず、多くの曲を繰り返し弾いており、葬送ソナタや前奏曲集は、それぞれ五種の同曲異演を聴くことができます。それぞれ十一種あるフルトヴェングラーのエロイカや第九に比べれば一見かわいいものと映るかも…

コルトーのショパン

限られた曲目を繰り返し取上げるというイメージの強いコルトーですが、ことショパンに関しては、ソナタの一番や番号のないポロネーズ、マズルカといった類の若書きの作品は別として、独奏曲のあらかたを録音しています(ただし、今に至るまでマズルカの全集…

遺作変奏曲の排列(二)

しかしながら、コルトーの演奏でもっとも問題となるのは、エチュードの第七(Allegro molto)と第八(Sempre marcatissimo)のあいだに挿入された遺作の第二変奏曲(Meno mosso)と第五(Moderato)でしょう。まず、二曲の遺作変奏曲の並びがひとつの発明と…

遺作変奏曲の排列(一)

遺作変奏曲の演奏史はコルトーを以てその嚆矢としますが、わたしが最初に聴きなじんだ交響的練習曲のレコードもこのピアニストの一九二九年録音でした。これがいわゆる刷り込み盤になっているので、こういう曲だと思って何気なく聴いてきた面があるのですが…

『遺作変奏曲』について

シューマンの交響的練習曲には、遺作変奏曲と総称される五つの断章があります。作曲家本人が書いたはいいものの、推敲の過程で本編に含めることを断念した曲たちですが、無視してしまうには惜しい美質を含むため、コルトー以来それを本編とともに演奏するピ…

ティエリ・ド・ブリュノフ

青柳いづみこ女史の『ピアニストが見たピアニスト』では、チラッとですけど、コルトーの秘蔵っ子、ティエリ・ド・ブリュノフのことも紹介されていました。 ……『象のババール』で知られる童話作家ジャン・ド・ブリュノフの息子である。やはりコルトー門下でパ…

ベートーヴェン・マター(承前)

しかしながら、コルトーが実際にベートーヴェンのピアノ・ソナタを録音していたというのであれば、どういうわけでテスタメントから(ほぼ)全集を復刻する予定が頓挫し、「そのかわりに」ソニーから『マスタークラス』がリリースされる運びとなったのか、と…

ベートーヴェン・マター

(前回の続きのようなそうでないような……)さて、カデンツァさんのCD紹介にちょっと見過ごしならないことが書かれていました。すなわち、コルトーがベートーヴェンのピアノ・ソナタを録音していたというのは弟子の思い違いで、どうやら実際はレコーディング…

コルトーの新譜:一九五七年スタジオ録音のショパン

ぼちぼちと、思い出したようにリリースされるコルトーの未発表録音ですが、今回は意外なところから意外なものが出ました。レーベルは「名演奏家ライヴCD-R」大手(?)で、これまでは専らオケ物のライヴ録音を復刻してきたWORLD MUSIC EXPRESS*1、曲目は、一…

カザルス・トリオの復刻

カザルス・トリオの演奏はさまざまなレーベルからCD復刻されていますが、皆さんはどんなCDでお聴きなのでしょうか。極言すれば、シューベルトやハイドン、メンデルスゾーンはどのCDで聴いても大して印象は変わらないと、個人的には思います――問題は、シュー…

コルトーのディスコグラフィー(声楽曲篇)

○フェリア・リトヴィーヌの伴奏録音マリク版で「マスネの歌曲」とのみ記載されていた一九〇二年録音の八曲は marston から全曲復刻されています(ただし、わたしは未だに入手できていない……^^;)。曲目等リストがこちらで確認できますが、鈴木智博氏の『コ…

コルトーのディスコグラフィー(続)

○ドビュッシー子供の領分――未発表音源あり(一九二七年)。一九五三年録音についてもHuntは未発表としていますが、GRシリーズでCD復刻あり(初出LPはBLP1050)。前奏曲集――沈める寺の未発表音源あり(一九二七年)。マリク版では亜麻色とミンストレルの一九…

コルトーのディスコグラフィー(ショパン篇)

○ショパンピアノ協奏曲――メンゲルベルクとの共演と、一九五四年の未発表放送録音(前述の通り)。ピアノ・ソナタ第二番――三つの未発表音源(一九二七年/一九四三年/一九五六年)。一九五三年のHMV録音についてもHuntは未発表としていますが、これは新星堂か…

コルトーのディスコグラフィー

あいかわらずCDを聴くのに支障をきたしているところですが、Huntの"pianists for the connoisseur"が手許へ到着しました。ミケランジェリ、ワイセンベルク、カーゾン、ソロモン、エリー・ナイ、そしてわがコルトーのディスコグラフィーです。マルP二〇〇二年…

コルトーのテクニックと「まことの花」(六)

十九世紀生まれの巨匠たちは、自分のレコードを聴いて芸風を変えていったということがいわれます。宇野功芳氏がワルターについてそれをよく指摘していますが、ここではエーリヒ・クライバーを例にあげましょう。デッカ録音のクライバーしか知らない人が、一…

訂正

レコードのマトリクス番号について認識に不十分なところがありましたので謹んで訂正いたします――というのは、マトリクス番号は各セッションごとに連続的に割り振られる原盤の通し番号だとばかり思っていましたが、ビクターでは、同じコルトーが同じ曲を弾い…

コルトーのテクニックと「まことの花」(五)

同じコルトーの演奏に対する彼我の印象の相違は、畢竟「どちらを先に聴いたか」によるのかもしれません。両野村翁は二十年代の演奏を通じて「コルトーのショパン」に親しんでいたからこそ、再録音に接するに至って「彼や昔のかれならず」の嘆が大きかったの…

コルトーのテクニックと「まことの花」(四)

現在はコルトーを代表する演奏群とみなされている一九三三年から翌年にかけてのショパン・レコーディングですが、同時代の評判は必ずしも無邪気な礼賛というわけには行かなかったようです。先にちらと触れていますように、あらえびすは一九三三年から四年に…

コルトーのテクニックと「まことの花」(三)

一九三三年というとコルトーは五十六歳ですが、その彼がレコーディング・セッションで以前ほど録リ直しをしなくなったのはどのような事情によるのでしょうか。ひとつには当時の厳しい経済情勢から制作サイドがシビアになったという可能性もあります*1が、や…

コルトーのテクニックと「まことの花」(二)

コルトーは若い頃は上手かったけど、その後がなあ、ということが良く云われます――実際、サン=サーンスの「ワルツ形式の練習曲」のアコースティック録音の見事な出来は、これを聴いたホロヴィッツが夢中になって、その技を盗むべくコルトーに教えを請うた*1ほ…

コルトーのテクニックと「まことの花」(一)

SP録音の復刻CDのライナーノートには大抵「録音データ」が記載されていますが、新星堂の『アルフレッド・コルトーの遺産』シリーズの場合以下のようになっております。 Octover 27, 1926 (A 27347, DB 1145) *1 一見するとさながら暗号のごとしですが、一九…

コルトーの未発表録音(承前)

(ここの続きです)繰り返しになりますが、この演奏を聴く者にとって躓きの石となるのは、何といってもそのあまりにも特異なテンポ設定でしょう。このテンポの遅さたるや、ようやっと弾いている、という感じがするのは否みきれませんし、最盛期のコルトーで…

コルトーの未発表録音

最近ふしぎとコルトーづいてまして、完全初出のショパンの協奏曲を聴くことができたと思ったら、某巨大動画サイトにとんでもないものがありました。「コルトーの」シューマンのピアノ・ソナタ第二番、です。Malik氏のディスコグラフィー(残念ながら、今とな…

コルトーの初出録音(二)

(承前)ショパンのピアノ協奏曲では第一番の方が歴然と高いポピュラリティーを獲得していて、それはショパン・コンクールの主だった勝者(たとえばアルヘリチやブーニン)が大抵本選で第一を選んで弾いていることからも窺われますが、なかには第二を贔屓し…