コルトーのテクニックと「まことの花」(三)

一九三三年というとコルトーは五十六歳ですが、その彼がレコーディング・セッションで以前ほど録リ直しをしなくなったのはどのような事情によるのでしょうか。ひとつには当時の厳しい経済情勢から制作サイドがシビアになったという可能性もあります*1が、やはり、コルトーにその気がなくなったというのが大きいような気がわたしにはします。

手許の資料が限られているのでコルトーの録音のテイク・ナンバーについては部分的にしか分からないのですが、(APR, APR 5572)に掲載された一九四八年/九年のディスコグラフィーを見るとどの曲もせいぜい二回しか弾かれていません*2し、一九五二年の日本録音や一九五四年のポピュラー・アンコールは一発録りであったとのこと(その結果、特に前者はキズが多いレコードになっています)。その頃ともなればテープの継ぎ接ぎだってしようと思えばできなくもなかったでしょうが、それさえしていません。

以下にエチュード集のマトリクス番号を掲げます。

2B 5203-3 op.10-1
op.10-4
2B 5204-4 op.10-2
op.10-5
op.10-7
2B 5207-3 op.10-8
op.10-9
2B 5208-1 op.10-3
2B 5209-1 op.10-10
op.10-12
2B 6799-1 op.10-6
op.10-11
2B 7254-3 op.25-3
op.25-4
op.25-8
2B 7255-2 op.25-1
op.25-12
2B 7256-1 op.25-9
op.25-11
2B 7257-1 op.25-2
op.25-10
2B 7258-1 op.25-5
op.25-6
2B 7259-1 op.25-7

収録時間の関係で曲順通りになっていないといわれるこのレコードですが、こうして見ていると、時間の按配もさることながら、たとえばop.25-10は比較的平易なop.25-2と、木枯らしは弾き慣れている蝶々と、といった具合にリスク分散的見地から組み合わせされていることが分かります。仮に曲順通りの収録であったとすれば第一面はop.10-1とop.10-2、これでは十回弾いても完璧なテイクにはならなかったか……!?

コルトーに先行して、ロベール・ロルタとバックハウスの全曲録音が存在しますが、それらのカップリングがどのようになされていたのか、興味深いところです。

*1:一九二九年の大恐慌後、アメリカのビクターではパデレフスキーラフマニノフのような大物でさえも契約が切られたといいます。

*2:これに関しても、戦後で物資の乏しい時期であったためと云われています。