コルトーのテクニックと「まことの花」(二)

コルトーは若い頃は上手かったけど、その後がなあ、ということが良く云われます――実際、サン=サーンスの「ワルツ形式の練習曲」のアコースティック録音の見事な出来は、これを聴いたホロヴィッツが夢中になって、その技を盗むべくコルトーに教えを請うた*1ほどでしたし、ラヴェルの「水の戯れ」には一九三一年の電気録音が存在するのですが、近年はそれをさしおいて、もっぱら音質の良くない一九二三年の旧吹込が正規復刻されているのも偶然ではありますまい。

「若い頃の素晴らしいテクニック」を証明するこれらのレコードが、実はきちんと弾けるまで何度も何度も弾き直しをして出来たものであったというのは少しばかり考えさせられる事実です。*2コルトーのファンを自称するわたしが云うのも何ですが、十回も弾き直ししていればそりゃあキズのないレコードの一つもできようというものではありませんか。*3

――こう書くと誤解を受けそうですが、わたしは何もコルトーには若い頃からテクニックがなかったと云いたいのではありません。「若い頃は」という限定辞がどうも気に食わないのです。

一例をあげれば、ショパンエチュード集は一九三三年から四年にかけて録音されたものですが、前述のビクター旧吹込レコードと比較してテイク数はぐっと少なくなっています。作品一〇でこそ、第一曲は三度、第二曲は四度録り直しされているものの、作品二五の三大難関にあたる第六番、第一〇番、第一一番*4はいずれも一発録音でした――よりにもよって、と思ったり思わなかったり(笑)

このレコードが、技術上の不備を指摘されて毀誉褒貶相半ばするところであるのはご承知の通りで、どうもこのあたりからコルトーのテクニックの「衰え」が云々されるようになった気がするのですが*5、わたしにいわせれば、この頃だってリテイクを何回でも繰り返せば完璧に仕上がったという可能性は否定できないと思うのです――十回と一回こっきりでは大きな違いですよ。

*1:Allan Evans: "THE ART OF ALFRED CORTOT"(MUSIC & ARTS, CD-615)

*2:一九二五年には、ラ・カンパネラを録音したものの、二十三回(!)のテイクを繰り返した挙句ボツってしまったのだとか。

*3:この点に関していくらか勘違いをしていました。こちらをご参照ください。

*4:前述した通り、この曲の旧録音には十テイクが費やされています。

*5:これは早くもコルトーの生前から、たとえばあらえびすのような評論家が指摘しています。