カザルス・トリオの復刻

カザルス・トリオの演奏はさまざまなレーベルからCD復刻されていますが、皆さんはどんなCDでお聴きなのでしょうか。

極言すれば、シューベルトハイドンメンデルスゾーンはどのCDで聴いても大して印象は変わらないと、個人的には思います――問題は、シューマンです。この録音ほどCDごとに復刻音質が異なっている(カザルス・トリオ以外のありとあらゆる録音も含めて)ものも珍しいのではないでしょうか(各レーベルごとのトーン・キャラクターの違い、どころの話ではありません)。そして、ただちがっているというだけではなく、これぞ、という盤が見当たらないのが悩ましいところ……

  • 仏REFERENCES――ティボーのヴァイオリンしか聴こえない妙な復刻。
  • 東芝EMIのGRシリーズ(旧)――カザルスとコルトーとのエネルギー感は仏REFERENCES盤とは比較にならないくらい生々しく伝わってくるのですが、そのかわりティボーの優雅さがすっかり損なわれています。
  • NAXOS――表面的に整った、ただそれだけの、演奏家のエネルギーがまるで伝わってこない音(わたしはBIDDULPH盤を聴いていませんが、これと同じマーストン復刻かと思うとあまり期待は持てないような)。
  • 東芝EMIのartリマスター盤――おそらく金属原盤から復刻されたのでしょう、ここで取り上げた四者のなかでもっとも明晰な音質で、バランスもよく、三人がどんなことをやっているのかは、このCDでしか分からない、といっても過言ではないでしょう――そのかわり金属原盤の盛大なサーフェイス・ノイズを削るのにはよほど苦労したものと見えて、ひびきにいくらかの漂白臭がついてしまいました。今のところはこれがベスト・エフォートかと思うのですが、常日頃たのしんで聴く気にはなれません。
NAXOSのカザルス・トリオ復刻は最初の二枚をマーストンが手掛けていますが、三枚目でオバート=ソーンに交代しました。じつはそのCD(収録曲はティボーとのクロイツェル、カザルスにつけた魔笛変奏曲、そして大公トリオ)がかなりの傑作で、どの演奏に関しても仏レフェランス盤の復刻音質に不満を感じていたわけではなかったのですが、特に大公は、コルトーのピアノが一皮むいたようにみずみずしく響きます。蓋し、サーフェイス・ノイズの少ない良質な原盤を確保するための努力を惜しまず、その上で細心のノイズ除去(これは「必要悪」なのだと、最近は思うようになりました)を手掛けた成果です。オバート=ソーンの復刻を、必ずしも常によしとする者ではありません(たとえば、同じNAXOSから出ているコルトーの協奏曲に関しては、個人的にPEARL盤をより好みます)が、シリーズの前二枚もこの調子でオバート=ソーンが復刻してくれていたら良かったのに、と思わずにはいられませんでした(マーストン復刻のハイドンシューベルトも、仏レフェランス盤等と比べて聴き劣りするほどではないのですが、換言すれば、音質的にあまり進歩が感じられないということでもあります)。

現時点では、グッディーズのダイレクト・トランスファー・シリーズから復刻が出たら決定盤になるかもしれない、と思って鶴首しているのですが、大公や三人のほかの演奏は陸続と復刻されても、肝心のこの曲に限って、音沙汰なしとはこれいかに。もしかすると、この演奏はSP盤によほど音質的な問題でもあるのでしょうか(だとすれば上記四盤の復刻音質の驚くくらいの違いようにも納得がゆくかも)。