コルトーのディスコグラフィー

あいかわらずCDを聴くのに支障をきたしているところですが、Huntの"pianists for the connoisseur"が手許へ到着しました。ミケランジェリワイセンベルクカーゾン、ソロモン、エリー・ナイ、そしてわがコルトーディスコグラフィーです。マルP二〇〇二年の書物なので「何をいまさら」とお思いの向きもおありでしょうが、わたしにとっては新しい発見が多かったです。一方で、わたしが参照し得る限りの情報と食い違う記載もまま見受けられました。

ざっと見渡してまず気付かれるのは、ライヴ録音に関する情報の乏しさです。端的にいえば、二〇〇二年時点ですでに商品化されたものの一部しかここでは取り上げられておりません。その後にリリースされたカザルスとの一九五八年ライヴベートーヴェンの第一協奏曲メンゲルベルクとのショパンに関するデータがないのは致し方ないところかもしれませんが、マリク氏のディスコグラフィーに記載されている録音(たとえばシューマンの協奏曲のウルグアイ放送音源)についてひとことの言及もなされていないのは非常に物足りなく感じました。ベートーヴェンの協奏曲のTAHRA盤解説で存在が示されている五十年代のショパンシューマンの協奏曲の録音についても同様。

その代わり、HMVのお蔵入り音源に関する記述はきわめて豊富で、こんなのがあったのかと驚くような発見の連続でした。コルトーにとって初出レパートリーとなる曲目だけをあげても、ショパンスケルツォと作品番号つきのポロネーズの全曲、シューマンの幻想曲と幻想小曲集、ストラヴィンスキーのロシア舞曲(!)、等々。

個人的にとても気になるのは、録音はしたものの破棄されて現存しない音源*1に関してはここで取り上げられていないことで、――これが単なる遺漏ではなく「方針」なのだとすれば、ここで言及された録音はすべて原盤が存在するということになるのでしょうか。過度の期待は禁物とは重々承知の上で、いつの日かこれらの音源がリリースされることを期待せずにはいられません。

○ティボー、カザルスとの録音

カザルス・トリオの未発表録音が存在するとのこと。ただし試し録り程度のもので、メンデルスゾーンの第二トリオのスケルツォと、ベートーヴェンの幽霊の、どの楽章かは判然としませんが、七十八回転レコード一面分。一九二六年、シューベルトの第一トリオと同時に録音されたものです。

一方で、『ラジオ技術』誌上で五十嵐某が特に取り上げていたフォーレのヴァイオリン・ソナタ第一番の一九二三年録音は、じつは三楽章のみのフラグメンツだったとのこと。拍子抜けではあります。

以下、ピアノ独奏録音に関しては作曲家別に。未発表音源は、特に断らない限り、HMV録音です。

アルベニス

マラゲーニャとセギディーリャのアコースティック・ビクター録音はそれぞれ一九一九年と一九二三年の二種がBIDDULPHから復刻されています。掲載データによると再録音は最初のレコードの型番をそのまま引き継いでいるのですが、Huntによれば原盤差し替えのための再録音が行われたのは一九二〇年で、さらに一九二三年の未発表録音があるとのこと。オリジナル・データにアクセスできる立場にないためどちらの記述が正しいのかは判然としませんが、たった一年で原盤がそこまで磨耗するのかしらん、と考えるとハントのいうことはどうもあやしいようにも思えてきます。

これと別に、セギディーリャと椰子の木陰の未発表録音があるとのこと(一九二四年)。

○バッハ

コルトー編曲のトッカータとフーガに関してはAPRの戦後録音第二集でも言及されている通り(一九四八年未発表録音)。

マリク版が「一九五四年録音」としている「コルトー・ポピュラー・アンコール」収録のアリアAPR盤では一九四八年録音であると措定されていましたが、これはHuntでも同様。

ベートーヴェン

ピアノ・ソナタは、マリク氏のディスコグラフィーには全曲が二度録音されたとありますが、Huntによれば残念ながらハンマークラヴィーアのみは録音されることなく、ほかの曲も一回だけ弾かれたものから五回にわたって録音されているものまで、テイク数はさまざまです。あまり煩瑣なのでそれを一々あげることはしませんが、一九五八年から六〇年にかけて、コルトー演奏家人生の最後に集中して取り組んだのが、これらベートーヴェンのピアノ・ソナタでした。

二〇〇二年以降にリリースされた放送録音については上に掲げた通り。

ブラームス

マリク氏のディスコグラフィーに掲載されていないものとしては、一九四八年と一九五二年の子守歌があり、前者はAPRからCD復刻済(APR 5572)で、「コルトー・ポピュラー・アンコール」収録の演奏もこれだとのこと。後者はいわずと知れた日本録音(日BMG, BVCC37439:わたしの手持ちはVENEZIA盤)。

……と、このような按配で、マリク氏のディスコグラフィーとこのページを見れば、コルトーの録音に関しては一通りの整理ができる、というかたちにしてみたいと思ってます。

*1:BIDDULPHのビクター・アコースティック録音全集の解説を参照のこと。