コルトーのブランデンブルク協奏曲第五番

コルトーのバッハ嫌いについては先に述べた通りですが、例外的にブランデンブルク協奏曲は「その完璧な均衡のゆえに」巨匠の偏愛するところであったとか。特に第五番の録音(EMI盤)は、コルトーが弾き振りし、盟友ティボーが弓をとったというその顔合わせの妙だけでも聴き手を陶然とさせるに足りるでしょう。ティボーのヴァイオリンはまさにギャラントリーの粋ですし、コルトーのタッチも粒立ちよく玲瓏としています。フルートのロジェ・コルテはエコル・ノルマルの教授でしょうか、寡聞にしてこのブランデンブルク以外に演奏を知りませんが、ヴィブラートをほとんどかけない清澄な音色でヴァイオリン、ピアノともよく調和しています。

大昔のバッハというとメンゲルベルクのマタイみたようなのを連想される向きが多いかと思いますが、コルトーのフレージングには表情的な伸縮がほとんど見られず、瀟洒なリズム感覚と三人のソリストの生き生きとした「対話」とがあいまって流麗にして端正な推進力が全曲を貫いており、フィッシャーのレコードがそうであったのと同様、浪漫主義の「感情の泥濘」からとことん自由で、高雅な詩情に満ちた演奏です。二楽章の親密なアンサンブルなどは三者室内楽巧者ぶりを如実に表していますが、圧巻はなんといってもコルトーの颯爽たるカデンツァで、コルトーのテクニックには問題が云々と抜かす低脳はこれを聴き、頭を豆腐の角にぶつけて死んでしまえばいいと思います。鮮やかな指さばき、タッチのコントロールの精緻、しなやかなフレージングの妙、どれをとってもこれ以上を求めがたいすばらしさです。