レーピンのリサイタル

テレビでワディム・レーピンのリサイタルを観ました。今年の三月三十日のライヴ収録で、ピアノはイタマール・ゴラン。当日の曲目は、

というものだったと伝わりますが、今回放映されたのはドビュッシーの二楽章とストラヴィンスキーベートーヴェン、アンコールで弾かれたチャイコフスキーの感傷的なワルツでした。*1

一曲目のドビュッシーは――何じゃこりゃ、と悶絶しました。ヤキが回った頃のフェラスをもっとひどくしたような、踏み潰されたヒキガエルの断末魔の叫びを思わせる汚い音といい、すぐフラットする音程といい、これがあのレーピンかいな、と思うような悲惨さです。色気もへったくれもありやしません。

しかしストラヴィンスキースケルツォのあたりから、少しづつヴァイオリンの音色が輝きをとり戻しはじめました。まず高音域のひびきに艶がのり、次第に中低音域も音像がシャープに引き締まってくるのが分かります――蓋し、ここに到ってようやく楽器があたたまってきたのです。それとも本人がよほどのスロースターターなのかしらん(いずれにせよ、オケと共演して、たとえばショーソンのポエムをやるとなったら、楽器がきちんと鳴る前に曲を弾き終わってしまうんじゃないか、と変なことが心配になる)。素人考えでは、本番前にしっかりウォーミングアップをして万全の状態で臨んでくれたら――と思うところですけど、まあ色々事情もあるのでしょう。

ベートーヴェンはもうすっかり本調子で、ひとことでいって見事でした。壮年の男の精力と自信と色気と、そのすべてがそこにはあります。隅々まで力がみなぎり、古代の彫像のように堂々とした佇まい。少しもあおっていないのにピアニストに汗をかかせる体の凄みが利いています。

アンコールのチャイコフスキーに到っては、その濃密な情感と大柄なグランド・マナーとがあいまって、オイストラフ、コーガンを通り越して黄金時代の巨匠たちの世界に先祖帰りしたかのような感を受けました。すばらしい!*2

ピアノのゴランは打楽器的な固さのない美しいタッチで、弦楽器奏者のアカンパニストとして引っ張りだこなのも納得といったところですが、その分といっては何でしょうけど、音の粒立ちが少しベタつき気味。ストラヴィンスキーはもっとドライにやってほしかったし、ベートーヴェンも、前半楽章は伴奏然としてメリハリに乏しいものでした――ただし、スケルツォから俄然火がついてデュオは一気に白熱します。

やっぱり実演はいいですねえ(最初の三十分の不調もコミで)。こんな演奏をナマで聴いてみたかった……!

*1:ほかにショスタコーヴィチ=ツィガーノフの前奏曲ブラームスハンガリー舞曲も弾いたとか。

*2:本調子ではないドビュッシーを抜粋するくらいならいっそやめてしまって、そのかわりにアンコールを聴かせてくれたらよかったのに……>NHK