真にすばらしい、驚くべき音楽家

先日、某巨大動画サイトでたまたま御喜美江さんが弾くピアソラを聴いて、あまりのすばらしさに驚倒しました。生き生きとしたリズムといい、雄弁なアクセント、フレージングといい、まさしくピアソラが望んだであろうとおりに力強くスウィングしており、クラシック畑の演奏家が演奏しているという感じがこれっぽっちもしません。恐るべき「スタイル」に対する嗅覚です。

彼女の弾くピアソラがどれほど例外的な水準に達しているかは、彼女がおなじクラシック奏者と共演しているものを聴けばたちまち判然とするでしょう。ここでその名をあげるのはちとはばかられますが、彼女とオブリビオンリベルタンゴを演奏しているパーカッション奏者など、これこそピアソラの「クラシック弾き」の典型(リズムが平板にも程がある)で、こんな風にしか弾けないのであればいっそピアソラは弾かないでもらいたいし、豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまってピアソラに詫びのひとつもいれてほしくなるというものです。

その点、御喜さんの独奏による≪S.V.P.≫や≪チャウ・パリ≫は文句なしのすばらしさです。≪チキリン・デ・バチン≫の編曲はちょっと「真っ当」すぎて、タンゲーロだったらこうはしないだろうなあと思いますが、≪白い自転車≫はおみごとの一語につきる名編曲であり、名演でした。もし彼女がピアソラのアルバムを作ることがあるとしたら、そのときはクラシック奏者と共演するのだけは何としても勘弁してもらいたいところです(ガンディーニあたりと組んで、アレンジも奴に任せられたら最高なのですが……)。

本職、というのも変な話か知れませんが、彼女が自らアコーディオン独奏のために編曲したメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のフィナーレも、演奏のみごとさといい編曲の出来といい、そんじょそこらのオリジナルを軽く凌駕しています。これだけの演奏をできるヴァイオリニストがいま現在いるのかどうか、はなはだあやしいものであり、彼女がそうであるように、アコーディオン奏者だとかヴァイオリニストというよりも敬意をこめて「音楽家」と呼びたくなるようなひとは、なかなか思い当たりません(これはヴァイオリンに限らず、チェロやピアノに関しても同様)。