フルトヴェングラーのブルックナー(九)

巨匠は一九五四年に第八交響曲を指揮していますが、これ、近年に至るまで演奏の真偽をめぐって議論が繰り広げられていた問題の録音です(現在はフルトヴェングラーの真正演奏であると決着がつきました)。

一九四九年の演奏と比較してまず違うのは、こちらでは改訂版によっていることです。「これはノヴァークの版下を参照して云々」と強弁する向きもありますが、三楽章冒頭の低弦のピツィカートやフィナーレのカットなど、クナッパーツブッシュの演奏でおなじみの改変がここでもきちんと踏襲されています。紛れもなく改訂版です。

それにしても、五年前の演奏においてすでにカットや打楽器の追加など改訂的表現が織り交ぜられていたことは先述した通りですが、巨匠はここに至って初版そのものに回帰してしまいました。これは一体どういうわけでしょうか。

まず考えられるのは、ウィーン・フィルが所有していたパート譜が改訂版だったため、というケースです。もしかしたらフルトヴェングラーは決して「心変わり」していなかったのかもしれない、と――

しかし、一九四四年にウィーン・フィルと組んだ同曲の演奏ではハース版を使っていましたから、巨匠にその気があればハース版のスコアを引っ張り出すくらいのことはさせたはずですし、仮に初版を使わざるを得ない事情があったのだとしても、そこから「一九四九年版」を再構成しようと思えばできなくもないのに、ほぼ改訂版通りで巨匠は演奏しました。少なくとも、そこにハース版への未練のようなものはあまり感じられません。

それではハースの「編曲」が気に食わなくて改訂版を使ったのでしょうか――けれどもそれだけのためならハース版から該当部分をカットしたって目的を十分に果たすことができる(シューリヒトがやってるらしいですね)わけで、どうしても改訂版のお出ましを願わなくてはならないというほどのことでもありません。