「あれに較べたら、グールドなんてかわいいものだよ」

ユーディナの演奏は何を聴いてもきわめて刺激的ですが、半音階的幻想曲とフーガはとりわけ凄まじいインパクトを誇る演奏のひとつと云えるのではないでしょうか。

とにかく強烈で、獲物に襲いかかる虎のように猛々しい――と云っても言い過ぎにはなりますまい。ユーディナのバッハといえば何と云ってもゴルトベルク変奏曲が有名ですが、わたしなどはむしろこちらの演奏にユーディナの刻印をはっきりと見る思いがします(リヒテルが思い出に残るユーディナの演奏としてあげている平均律第二巻の第十八番と第二十二番を聴くことができないのは残念至極)。

これは一九四八年の録音ですが、その同じ年にフェインベルグの名演があることにふと気付きました。思うのですが、「獲物」はフェインベルグだったのではないでしょうか――それくらい両者の演奏は対照的なスタイルです。耽美的な情感が妖しいまでにゆらめきながら輻輳する「ピアノのバッハ」(リヒテルによればスクリャービンみたいなバッハ、ですが)の頂点を極めたかの感あるフェインベルグが、むしろ当時にあって主流派を行くものであったことは疑われません。というのも随分後に至るまで、この曲は時代楽器の存在に後ろめたさを感じることなく、バッハをピアノで大っぴらに弾くことのできる最後の牙城ともみなされていたわけで。

そう考えるとユーディナが当時これくらい直截でロマンティックでないバッハを弾いたということはただただ驚嘆に値するでしょう。荒野に叫ぶ預言者の面持ちがそこにはあります(かといってこれを聴いたら時代楽器で「オーセンティック」なバッハを弾いている連中が卒倒するのも目に見えるようですが……)。

ユーディナというとその個性的な解釈が専ら云々されますが、ここでのテクニックの冴え、とりわけ指の分離のよさ、粒立ちが良く闊達きわまるタッチにも圧倒的なものがあるでしょう。個人的にとりわけ印象的なのは幻想曲後半の瞑想の深さでした。

わたしの手許にあるのはRCD盤ですが、このレーベルにしては聴きやすい音質に仕上がっており、ステレオ・プレゼンスこそ付加されているものの音がナマクラにはなっていません。それと云い、リヒテルによる「ユーディナの極めつけ」二曲、リストのバッハの主題による変奏曲とムソルグスキーの瞑想曲を聴くことができる素晴らしいカップリング・センスと云い、RCDらしからぬいい仕事ぶりです(以下曲目)。