羊頭

ユーディナといえば『ショスタコーヴィチの証言』中のスターリンとのやりとりが広く知られていますが、これが実はヴォルコフの作り話なのだそうです。

もっとも、スターリンが所望したと云うモーツァルトのピアノ協奏曲第二十三番ですが、ユーディナが弾いたからこの曲は弾かない――とリヒテルも語っていたくらいなので実際にユーディナの十八番として定評があったのでしょう。蓋し事実に想像を接木するあたりがヴォルコフの成功の所以です。

そのイ長調協奏曲が、幸運にも録音に残されています。DANTEの胡散臭い表記によれば一九四八年、ガウク指揮モスクワ放送響との共演とのこと。

――しかし、これがなんとも感想の書きにくいレコードなのです。

良くも悪くも「さりげなさ」とか「流麗さ」という言葉から最も遠いところにあるような演奏です。美しい瞬間や聴き手をはっとさせるような瞬間には事欠かないのですが、二楽章のあまりのものものしさなどにはどうしても違和感が先立つことを告白しなくてはなりません。オケには何の頓着もなく猛スピードで突っ走る三楽章が個人的にはもっとも聴いていて面白かったですが、リヒテルがどうしてあんなに高く買っていたのかは、この録音を聴いているだけでは分かりませんでした。

ユーディナのモーツァルトということであれば、わたしはむしろニ短調協奏曲を真っ先に思い出す口です。