ホラー映画じゃあるまいに

待望のスタニスラフ・ネイガウスの映像が出ました。デンオンのエディション第十巻の解説で三代目のハインリヒ二世が

≪スタニスラフ・ネイガウスを録音で聴くとき、またただ一つ残された彼のショパン演奏のビデオフィルムを見るとき、……≫

と書いてましたが、これが件の唯一の映像らしいです。デンオンのリリースが完結した一九九九年以来、待ちも待ったり、八年越しの夢がかなった思いです(ただしご存知の向きも多いでしょうがネットにはスクリャービンエチュードの映像が転がってます)。

びっくりしたことには普通一般の「スタジオ・リサイタル」ではありません。なにしろのっけからして木枯らしが吹きすさび雷鳴がとどろくおどろおどろしい雰囲気のなかでスケルツォ第二番がはじまるといった具合(余計なことをしやがって……)。

しかしこの部屋は一体どこなんでしょうね。まさかセットをわざわざ組んだとも思えないので、おそらくスターシクの自宅なのでしょう。だとしたら晩年のパステルナークと同居していたというあの家です。これがスターシクの愛器だったのか、などと思うと感慨も一入(*)


(*)……酔っ払いの寝言というかデタラメです。以下のコメントをご参照あれ。

一曲一曲ぶつ切りになっていることからも、編集される前はスターシクのピアノ演奏がところどころにちりばめられているという体裁の映像作品であったことがうかがわれますが、情熱大陸みたいなのか、もしかしたらパステルナークのドキュメンタリーだったのかも、などと妄想しだしたらきりがないです。いずれにせよ、いっそオリジナルのかたちで見せてもらいたかったと思わずにはいられませんが――

閑話休題。演奏されているのは全てショパンで、いつものスターシクのレパートリーですが一曲だけ目新しいものがありました。op.10-3のエチュードです。おそらくCDでは出ていないのでは。無論わたしも聴くのははじめてで、柔らかな歌は感涙もの。既出ものに関しては(ちなみにバラードの四番の同曲異演にいたってはこれで六つ目となります)どれがいいと月旦するのも虚しいような、それぞれに違った、それぞれにすばらしい演奏というほかありません。はるかな憧憬、この上なく自然で繊細な息遣い、痛覚にも近い切々たる悲哀、ノスタルジー……はいつもながらのスターシク、なのですが、聴くたびに不思議なくらい新鮮で、聴き飽きさせないのは全くの驚異です。

これまでCDでは何度となく聴いてきましたが、今回映像をみて改めて思ったのは、ほんとうに「媚び」のないピアニストだったなあ、と。このDVDに「永遠の貴公子」と気恥ずかしくなるような惹句が付されているのには閉口しますが……文句ついでになりますが一九七六年の収録のわりにはイマイチの音質と変ちくりんなカメラワークにはくれぐれも覚悟を決めて当たられますよう。