未来の完璧主義者

きのうの続きになります。

実は、天下御免の名盤と知られたラヴェルの協奏曲のEMI盤を聴いていません。わたしがもっぱら聴いているのはチェリと共演したふたつのライヴ録音で、今回さらに一九五二年のライヴが加わった次第です。

一聴、歴然と一音一音が濃密です。EMIのシャコンヌパガニーニ変奏曲でわたしたちを酔わせた、あの音です(後年のライヴは、よくも悪くも洗練され、透明な響きになっていますね)。タッチが、意外や油凪の滑らかさとは参らず、少々ゴツゴツしていますが、それも素肌の美観と云えましょうか。恐らく、これとロンドン響との一九八二年ライヴとの中間に位するのが、例のスタジオ録音なのでしょう(聴きたいのはやまやまですが、今更ARTリマスターでは聴きたくない)。

ラヴェルでオケがトリノというのは、はっきりとハンディです。あまつさえあのヨタった管が妙にオンマイクでとらえられているのには苦笑するほかありませんが、今回はそれが古拙の味に通じていなくもありません。

高雅で感傷的なワルツは協奏曲の十日かそこらあと、二月十二日のリサイタルで演奏されたものです。ARCHIPEL から同日のベートーヴェンの第三ソナタショパンの葬送ソナタパガニーニ変奏曲が出ています。

当時ミケランジェリは大病して活動が途絶えがちであったとか。このアレッツォ・ライヴはそのせいか、一点一画にいたるまでゆるがせにせぬいつもの緊張感が感じられず、むしろ退嬰的な雰囲気が漂って奇妙にミケらしからぬものがあります(そのわりに協奏曲のときは気合十分な演奏でしたが)。

これらのラヴェルは、ミケランジェリがまだ完璧超人ではなかった頃の貴重な記録ということになるかもしれません。聴いていて、一連のDGG録音よりよほど興味がつきなかったことはたしかです。