エネスコのホ長調協奏曲

ブッシュを聴いてエネスコを聴かないのも変なような気がしまして。

エネスコの演奏は、一九四九年アメリカはイリノイ大の管弦楽団(指揮はKuypersなる御仁)と共演したライヴ録音で、同日演奏のベートーヴェンの協奏曲とカップリングされています(BIDDULPH)。

バッハの権威として知られたエネスコですが、この演奏に関しては大抵「ベートーヴェンの方がすばらしい」と云われるばかりで、なまじいっしょのCDに収められたばかりに割を喰っているやもしれません。かく云うわたしも普段はベートーヴェンの方を好んで聴くのですが、虚心坦懐に聴きなおしてみたいと思います。

何というか、協奏曲然としていない演奏です。プルト数をあまり絞っていないと思われる雑然とした響きのオーケストラがバランス的に少々耳障りですし、エネスコのヴァイオリンにも張りや華やかな押し出しは感じられません。地味といえば地味、これくらいattractiveなところのない演奏も珍しいでしょう。ここではむしろ、あの悲しげなしゃがれ声を思わせる音色で呟くように弾かれるヴァイオリンに、聴き手の方から歩み寄ることが求められているように思います。

とりわけ心に残るのは、一楽章再現部(この演奏の場合[5:35]〜)の直前の、カデンツァ風の部分に漂う尋常ならぬ寂寥感でした。これはいうまでもなくヴァイオリンの聴かせどころであって、どの名人で聴いてもそれぞれにすばらしいですが、エネスコには徹頭徹尾個人的な内面独白の趣があります。絶え入るようなピアニシモ、そして差し挿まれた全休止の深淵――ほんの一瞬でしかないのに、時間が止まったかのように聴き手を錯覚させ、慄然とさせるその沈黙は、この演奏を通底する逆説的雄弁法の最たるものでしょう。