ブッシュの無伴奏

エルマンやクライスラー、ティボーといった美音で鳴らしたヴァイオリニストに比べて、ブッシュにはいかにも地味な印象があるかもしれません。しかし、そんなことはないぞ、と目を見開かせてくれるのが無伴奏パルティータ第二番の一九二九年録音です。今回ひさしぶりにCDをかけて、ヴァイオリンが鳴り出した瞬間からその音色のうつくしさに陶然としました。ブッシュのトーン・プロダクションの粋のような演奏です。

ブッシュはドイツ楽派の大黒柱のように云われる人物ですが、ヴァイオリンのひびきに関してはほかのヴァイオリニストたちと随分違っていたような気もします。たとえばフレッシュ・スクールのヴォルフスタールやゴールトベルクの清澄に対してブッシュのひびきにはもっとしぶといものがありましたし、ヘス門下の後輩にあたるクーレンカンプも、良い意味で感覚美に対してひらかれているところ(たとえばチャイコフスキーの協奏曲を弾いてもサマになっているあたり)がブッシュとは一線を画しています。

彼らに比べると遥かに融通が利かなくて、フランス近代ものを弾いている姿など到底想像もつかないブッシュですが、いったんツボにはまれば彼のヴァイオリンは黒光りするような艶を放ち、その落ち着いた音色の味わいには余人を以て代え難いものがあります。ひびきの深みにかけては、おそらく最盛期のエネスコだけが匹敵しうる存在でしょう。蓋しこのブッシュの音でバッハやベートーヴェンブラームスシューベルトを聴くことができるというのは音楽を聴くよろこびの最たるものです。

ただ、ここでのブッシュは少しくリズム感の安定を欠きます(これが気にいらなくて、ひさしく遠ざかっていたのだなあ、と聴いていて思い出す)。ことにシャコンヌSPレコードの収録時間の関係で随分不如意なテンポを取らされたとみえて、音楽の運びに今ひとつ落ち着きがありません。勿体無いなあ……