モラヴェッツのベートーヴェン

VAIからリリースされていたモラヴェッツのベートーヴェンのCDを聴きました。第四協奏曲と二十七番のソナタ、そして創作主題による三十二の変奏曲が収録されているものです。

ミケランジェリの弟子といっても色々いるわけですが、ここで聴かれるモラヴェッツのタッチこそ、「ミケの弟子だけのことはある」と云いたくなるような美しさです。美しさの質を女優にたとえればグレース・ケリー司葉子みたいな感じの(※わたしが好きな女優さんは若尾文子様です)。第四協奏曲における弱音のコントロールの精妙さも特筆すべきでしょう。

ひとつ気になるのは、フレージングがしばしばあまりにも直線的で、含みのないものに感じられる瞬間があることです。単純と簡潔とが似て非なるものであるのと同様に、明晰という美徳とニュアンスの欠落とは断じて峻別されなくてはなりません――そういえば師匠のミケランジェリも、モラヴェッツほど極端ではなかったものの、ときどきこんな演奏をすることがありました(たとえばショパンの別れのワルツの中間部)。

ただしここで演奏をしているのがまだ三十かそこらのピアニストであることを勘考しなくては無情にすぎるというものでしょう。わたしが聴いた円熟期のモラヴェッツ、たとえばドヴォルザークの協奏曲のスプラフォン盤は、ピアノ独奏に限っていえばマキシアーンやリヒテルよりも高く買いたいみごとな演奏でした(ただしビエロフラーヴェク指揮の管弦楽をターリヒやスメターチェクと比べてしまうと心底ガッカリさせられます)。