マックス・ロスタルのデッカ録音

マックス・ロスタルはどちらかというと名教師として知られていますが、演奏家としても、曲によってはかのブッシュをも凌駕した境地を示している大ヴィルトゥオーゾでした(たとえば、シューマンの第一ソナタやバッハのホ短調ソナタ、等々)。

先日、久々にリリースされたロスタルのCDは、バルトークの第二協奏曲とクロイツェル・ソナタ、F.A.E.ソナタのスケルツォという名曲揃いです。近年のメジャー・レーベルによる歴史的録音の復刻はあまり芳しくない出来のものが大多数なので今回もあまり期待はしていなかったのですが、これは自然なリマスタリングでひじょうに好感を持ちました。サーフェイス・ノイズがないのでマスター・テープからの復刻かと思われますが、テープの経年劣化もほとんど感じられません。元がデッカのLP録音だけのことはあって、生々しく聴き栄えのする音です(ただし一九四九年のブラームスだけはSPからの板起こしと思しき骨董的な響きで、五一年のバルトークベートーヴェンとの間の二年という歳月の重みを感じざるを得ませなんだ)。

バルトークの協奏曲はサージェント指揮ロンドン響との共演で、一聴、確信に満ちたフレージングと目の詰んだ黒光りするような音色がもたらす濃密な充溢感がロスタル以外の何物でもありません。ただしまるで浪漫派協奏曲みたいな歌いまわしで、今ひとつバルトークを聴いているような気がしない、ということは否みがたいでしょう。サージェントのテンポ感のない伴奏が災いして、「なんか違う」と思わせる前に聴き手を圧倒するところまで行かない憾みがあるのも勿体無いです。これがフルトヴェングラーのバックだったら、徹頭徹尾ロマンティックで、そのくせ有無を云わさぬ説得力にあふれたとんでもなく面白い演奏になっていたような気がするのですが――しかしながらヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリニストとしてのロスタルの熟達ぶりはここで遺憾なく(臆面もなく、というべきかもしれませんが)発揮されており、ひとつのスタイルとして極限的な完成度の高さに至っていることは特筆しないわけに参りません。

決して派手な演奏家ではないにもかかわらず、このヴァイオリニストは結構曲によって向き不向きの差があったように思います。たとえばドビュッシーソナタなんかも手掛けているのですが、普段シゲティ盤を愛聴していて「おフランスの香り」なんざ犬に食わせてしまえと思っているわたしでもコレにはちょっとついて行けません。クロイツェルの場合、たとえばバッハを弾いているときと比べても随分かしこまって弾いているような印象があって、あまたの超絶名演がひしめくこの土俵ではちょっと主張が弱いように個人的には感じられます。それはもう、立派すぎるくらい立派な演奏なのですが。

やっぱり、ロスタルは本質的に浪漫派弾き――それも最上の――なのだ、と感得させてくれるのが最後のブラームスです。力強く情熱的な主部もさることながら、あこがれと慈愛に満たされたトリオが秀逸。三曲のソナタや協奏曲も聴いてみたくなる出来でした。