ショパンのop.62-1のノクターン

アラウの一九七一年アスコーナ・ライヴ(AURA)は数年来架蔵している盤ですが、先日聴き返して、ショパンのop.62-1のノクターンのすばらしさに今更ながら深く感じ入りました。

このピアニストはどうも余程のスロー・スターターらしく、リサイタル冒頭のベートーヴェンの第十三ソナタは無論のこと、第二部の最初に弾かれたと思しきバラードの四番もまだエンジンが暖まりきっていない気味のある演奏なのですが、このノクターンはまぎれもなくアラウのトップ・フォームを示す逸品です。

フランソワが六分弱で切り上げたところをさらに二分ほどかけてじっくり弾きこんでいるアラウの演奏はえもいわれず豊麗で、隅々まで黄金色の午後の穏やかな光に満たされており、「トリルの名手」と賞賛されたアラウの面目躍如たる中間部の空間的な広がりと充溢感たるや比較を絶したものです。蓋しこのピアニストの「名手」たる所以は、単に技術的な卓越のみによるのではなし、装飾的なパッセージにいたるまで意味深く、音楽的に弾く点にこそあります。

ついでながら、リストのロ短調ソナタショパンスケルツォ第一番もノクターンに優るとも劣らぬ出来です。


(たぶん続く)