モーラ・リンパニーのシューマン

モーラ・リンパニーのシューマンのピアノ協奏曲を聴きました。一九四六年、ビーチャム指揮ロイヤル・フィルとのライヴ録音です。ロイヤル・フィルはこの年の九月に設立されたばかりでその最初期の録音にあたるのだとか。この年代にしてはしっかりした音質で聴くことができますが、途中で音楽がワープする個所があってドキっとさせられました。おそらく元の音源が素人のエアチェックで、生ディスクを入れ替えする際に録音が途絶えてしまっているのでしょう(フルトヴェングラーの戦時中のロマンティックなどもこんな感じでしたね)。

リンパニーはクララ・シューマンの孫弟子なんだそうで、師匠譲りの解釈は当時の一般の演奏に比べて「第一楽章はより穏やかで、第二楽章は普通より少し早く、三楽章はよりゆっくり」だと思っていたそうです。初共演だったというビーチャムも彼女の意図を大いに尊重してくれたとか――









I
II
III
リンパニー/ビーチャム/RPO
13:36
4:29
9:58
デイヴィース/アンセルメ/
ロイヤル・フィルハーモニック・ソサエティー(1928)
13:42
4:15
10:47
コルトー/ロナルド/LPO(1934)
14:52
4:51
10:06
ギーゼキング/フルトヴェングラー/BPO(1942)
14:53
5:48
9:30
ミケランジェリ/ミトロプーロス/NYP(1948)
13:51
5:09
9:32
ヘス/シュワルツ/PO(1952)
15:51
5:37
11:37

しかし上記の一覧からも明らかなように彼女の両端楽章は当時としてむしろ最速を争う部類に位置します。もっとも途中で録音が切れている分を勘考すればデイヴィース(これこそクララの直弟子)と比較して極端な違いはないので、これが作曲家の妻直系のテンポ設定だったのでしょうか。



実をいえばデイヴィースの演奏の箱庭的なせせこましさが個人的には厭わしく思われるので、クララの孫弟子という肩書きにはむしろ「名物に美味いものなし」式の危惧をかきたてられたのですが、この演奏は名うてのラフマニノフ弾きだけのことはあって伸びやかで力強く、それでいてどんな七面倒な個所においても途絶えることなくみずみずしい情感をたたえているあたり、じつに見事な出来でした。これほどうれしい驚きも滅多にありません。



たとえばコルトー/フリッチャイのようなロマンの極みというスタイルに対し、優雅で若々しい丈高さを感じさせてまた違った味わいがあり、情熱的なパッセージもさることながら、一楽章の[4:15〜](折角のレジナルド・ケルのクラリネットが遠いのが残念……!)や二楽章の中間部など、さらっとした歌わせ方の上手さが際立っています。



ビーチャムという指揮者には良きにつけ悪しきにつけ春風駘蕩といった印象がありましたが、ここでは引き締まった力感のある響きでリンパニーを情熱的にサポートしています。ケルやデニス・ブレインをはじめとした「イギリスの管」の最高の名手の妙技も聴き物でしょう。