ジョセフ・フックスのベートーヴェン

ジョセフ・フックスとアルトゥール・バルサムによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを聴きました。ナクソスから三枚に分かれて全曲が復刻されていますが、今回手にしたのは五番、六番、七番の三曲が収められた一枚です。一九五二年の録音で、リマスタリング・エンジニアはこのレーベルでお馴染みのオバート=ソーンでもなければマーストンでもありませんが、まずまずの出来ではないでしょうか。少しピアノが遠く、粒立ちも甘いように感じられますが、これはもとの録音がそうなのかもしれず、ヴァイオリンの音色は艶やかに再現されています。

アメリカのヴァイオリニスト、といわれると到底良い予断は持てませんが、フックスは高度に磨き抜かれたスタイルを持つエレガントな音楽家でした。歌いくちはきわめて伸びやかであると同時に、あらまほしき節度にも欠けていません。某ディレイ門下の、聴いていると悪酔いしそうなお下劣ヴィブラートとは一線を画する澄みとおった美しい音色。解釈の清潔さ、的確さも並々ならぬ水準に達しています。

しかるに、せっかくの名手バルサムをパートナーに得ながら、ピアノの活躍の場が存分には与えられていない憾みがあります。ことに第七ソナタ。この曲には、モーツァルトの場合と同様ヴァイオリンのオブリガートつきのソナタとしてふるまっているハスキル=グリュミオーの名演があるだけに、ここでのバルサムのおとなしさはいかにも惜しまれます。そして、徹頭徹尾ヴァイオリン主導であるにもかかわらず深い感銘をもたらしてくれるクライスラーの名演と比較すると、フックスのヴァイオリンが味の濃さにかけて少しばかりの遜色があるのは致し方ないところでしょう。