フランソワのスカルボ

一九四三年に開催された第一回のロン=ティボー・コンクールに優勝したのはヴァイオリン部門がミシェル・オークレール、ピアノ部門がサンソン・フランソワでしたが、前者が「優勝記念」ということで師匠のティボーと共演してハイドンのヴァイオリン協奏曲第一番を録音しているのに、どうしたわけか後者の初レコーディングは一九四七年まで遅れました――それがラヴェルのスカルボです。後にフランソワは『夜のガスパール』の全曲録音をしており、そちらも名演奏として称揚されているものですが、ことスカルボに限っては、デビュー録音の鮮烈に指を屈したくなる人が多いようで、わたしもまたその一人です。

最近、青柳いづみこ女史のオフィシャル・サイトの過去ログをたどっていて気が付いたのですが、仏EMIから復刻された八枚組CDセットに収録されている一九四七年のスカルボは、何かのミスで冒頭の何小節だかが欠落しているんだそうです。女史ははるばるパリの国立図書館に出向いてオリジナルの七十八回転レコードをお聴きになり、頭からきちんと演奏されていたことを確認されたのだとか(ひじょうに興味深いその顛末はこちらをどうぞ)。

わたしも遅ればせながらCDをかけてみたのですが、たしかに頭がありません(『二十世紀の大ピアニスト』シリーズでもこの演奏が復刻されていたけどそちらはどうだったのかしらん)。

だけど、実はわざわざフランスまで行くまでもなく、わたしたちでも元の録音では欠落部分がきちんと演奏されていたことをいながらにして確認することができたりします――というのは、youtubeでこのスカルボの動画ファイルが公開されているのですが、これが完全版の演奏なのです(実をいえばわたしがこの演奏をはじめて聴いたのもこの動画でだったりして)。

この動画、SPだかLPだか知りませんが、いずれレコードから板起こしされたものと見えます。ファイルサイズが圧縮されていますからレコードで聴くような音ではないのは確かですが、演奏の良さはこれでも十分よく分かります。むしろ、仏EMIのおとなしいリマスターよりこの鬼気迫る演奏にはふさわしいかもしれないくらい。著作権の関係がどうなっているのか分からないのであえて直リンクは張りません(削除されてしまったら元も子もないとはこのこと)が、なに、「francois scarbo」と入れて検索したらすぐ見つかりますので、この演奏をお聴きになったことがない方はもとより、CDでしか聴いていない方にも聴いていただけたらと思います。

このスカルボはわたしにとっても印象深い録音で、ファンでも「当たり外れが大きかった」というくらいですからダメなときは本当にひでぇ演奏をするフランソワの外れ演奏ばかりを掴まされまして、たいがい愛想を尽かしかけていたところ、これを聴いたら、絶好調のときはこんなに凄いピアノを弾くんだ、と一気に目が覚めました――そういうわけで、この動画ファイルを公開してくれた見知らぬ方には、手数をかけてこの名演奏の完全な姿を広く気軽に聴くことができるようにしてくれたことに対しては無論のこと、フランソワというピアニストの魅力を端的に示してくれたという意味でも、二重に感謝したい思いです。