ヴォルフスタールのベートーヴェン

エネスコは別格として、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ではヴォルフスタールの演奏に特別の愛着があります。

フレッシュ門下でコンマス稼業と二足の草鞋、という共通点を有することもあってか、ゴールトベルクとかなり似たタイプの奏者ですが、清楚玲瓏、ときには冷たさをも感じさせるゴールトベルクに対して、ヴォルフスタールの弓にあっては初々しくもかぐわしい含羞の表情が聴くものの心をひきつけます。技量だの解釈だのとは次元を異にした生得の魅力というべきでしょう。

この曲には二種の同曲異演が遺されていますが、わたしが聴いているのは一九二八年になされた再録音(英SYMPOSIUM)。グルリット指揮ベルリン・フィル管弦楽にはあまり面白みがありませんが、かえって聴き手をしてヴォルフスタールの繊細な表情に集中せしむる効があるやも知れやしません。併録のトルコ風(同年録音)も良い演奏で、ワイスマン指揮ベルリン国立歌劇場管だってグの字よりよほど好感の持てる溌剌とした伴奏ぶりですが、やはりベートーヴェンのすばらしさは格別です。

残念ながらヴォルフスタールの録音はこの二曲と小品一曲(THE RECORDED VIOLIN所収)くらいしか聴いたことがありません。協奏曲ではメンデルスゾーンベートーヴェンのロマンス、さらに室内楽なども遺されていますが、クレンペラー/ベルリン国立歌劇場管の七十八回転録音で、ヴォルフスタールが独奏しているとかいうドン・ファンなどもぜひ聴いてみたいものです。