ミュートン=ウッドのシューマン/イ短調協奏曲

(きのうの続き)

DANTE盤でカップリングされているシューマンの協奏曲はベートーヴェンと比べるとかなり特異な演奏で、とくに第一楽章は全曲が翳りに覆われており、第一主題が長調に転じるノクターン風の部分の甘美さもなければ、シューマンの若々しい情熱もあまり感じられないかもしれません。しかし、このピアニストならではといいたい繊細な憂愁のかぐわしさ、佳人のためいきを思わせてただただはかないディミヌエンドの至芸には瞠目すべきものがあるでしょう。

弱音方向に著しく拡大されたダイナミクス。pppは聞こえるかきこえないかというくらいかそけき響きであるにもかかわらず、曖昧なところがなく、精妙かつ明晰にコントロールされています。ミュートン=ウッドの演奏の根底には知的な鋭敏さがあって、それゆえにピアニシモ以下のダイナミクスの多用も「濫用」とは聞こえず、自己憐憫めいた甘ったるさのかわりに、孤独の深さに耐えるこころの張りつめた佇まいが聴く者の胸を打つのです。

ゲーアのタクトは相変わらず力強く、勘所をよく押さえたもの。ただ、ベートーヴェンではそれほど気にならなかったのですが、この曲には管のおいしい見せ場が数多くちりばめられていますので、これがロイヤル・フィルかフィルハーモニアだったらなあ……というのはあります。ネーデルランド・フィルなる、覆面っぽい名前のオケの演奏は堅実ですが、イギリスの名人たちと比べたら少々面白みに欠けるのは致し方ないでしょう。