レフ・プイシュノフ

レフ・プイシュノフ(Leff Pouishnoff, 1891-1959)はロシア出身のピアニストで、ペテルブルグ音楽院でエシポワに学びました。プロコフィエフや、これはてっきりブリュメンフェリトの弟子とばかり思っていたのですが、シモン・バレルと同門にあたります。バレルのバカテクはどうやらエシポワ仕込みだったらしく、プイシュノフもひじょうに洗練されたヴィルトゥオジテの持ち主です。ショパンエチュード(op.10-4と蝶々)はお見事の一語につきるでしょう。聴く者にテクニックをテクニックと感じさせず、あくまでかろやかに弾きあげる趣味のゆかしさよ。

これだけ弾ける人なのに――と思うほかない現在の無名ぶりですが、これからというときに第一次大戦ロシア革命で祖国から身一つで脱出(しかも一度は失敗している)し、イギリスでやっと芽が出たものの、第二次大戦では本国人並みに慰問活動に精を出し……といった具合で二十世紀前半の動乱に大いに振り回されたのがたたって、早く老けこんでしまったといいます。ステレオ期まで生きていたピアニストですが、PEARLの復刻CDに収録されているのは一九二〇年代の録音のみで、しかもその過半は旧吹込です。

一九二八年という早い時点で、シューベルトのピアノ・ソナタ第十八番を弾いているのが目をひきました。いかに没後百年という機会だとはいえ、その頃はシュナーベルくらいしか後期ソナタを弾いていないとばかり思っていましたので……(こういうのを耳学問のあやうさというのでしょう)ちなみに、シュナーベルが二十番のソナタを吹きこんだのは一九三七年、十七番と二十一番が一九三九年です。

どうして三大ソナタではなく、このお化けみたいな曲なのか、というのも最初はいぶかしまれたのですが、よくよく考えてみれば、シューマンは最後の三曲をあまり好まず、このソナタを高く買っていたりします。そういう時代の好尚なのでしょう。*1

演奏は、うつくしいタッチで破綻なく弾きすすめられていますが、シュナーベルにおけるようなたくましい内的生命は感じられません。あまり構成感のない、抒情的なフレーズがふわふわと連なっているような音楽。意外なところで内声を強調してうつくしい効果をあげているあたりはゴドフスキーやホフマンにも通じる趣味でしょう(プイシュノフ自身による『ロザムンデ』のトランスクリプションも、わたしの耳にはちょっと凝りすぎにきこえますが、その一例)。

わたしはこの曲の三楽章が好きなのですが、このピアニストの演奏ではコントラストが弱く、トリオのうつくしさがありきたりなものに感じられてしまいました……やっぱり「シュナーベル以前」のシューベルト、ということなんでしょうね。

それにしても惜しまれるのは復刻内容の貧弱さで、大曲は幻想ソナタのみ、当時ショパン弾きとして高く評価されていたというのは先にあげたエチュードを聴けば納得ゆきますが、収録されているのはその二曲のみで、あとはリストやアルベニスのタンゴ、等々のサロン・ピースばかり。さすがにラフマニノフあたりは本寸法でしたけど、どうせ小品ならショパンをもっとたくさん聴かせてほしかったです(もしくは、シューベルトソナタのかわりでもいい ^^;)

某巨大動画サイトで検索すると、少し構成的にはアレだけど、ほのかな翳りがうつくしい舟歌なんかを聴くことができるのだから、録音はまだ他にもあるんですよ、ショパン

*1:この曲を「お化け」にしたのはリヒテルですしね……