ハスキルのベートーヴェン/ピアノ協奏曲第四番(一)
ハスキルが弾いたベートーヴェンの第四協奏曲には六つの同曲異演があります。モーツァルトのニ短調協奏曲と比べたら半分くらいなものですが、それでもけっこうあるなあ、というのがわたしの印象。二回スタジオ録音している第三協奏曲よりおそらく多いし、実際ハスキルにはこの曲の方が合っていたのではないかしらん……
わたしが聴くことのできるものは、そのうち四種です。
- カルロ・ゼッキ/ロンドン・フィル(一九四七年、デッカ)
- ディーン・ディクソン/ベルリンRIAS響(一九五四年ライヴ)
- クの字/フランス国立放送管(一九五五年ライヴ)
- マリオ・ロッシ/トリノRAI響(一九六〇年ライヴ)
このうちディクソン盤は、以前触れたとおり録音がなんぼ何でもデッドすぎて、あえてこのCDでハスキルを聴くメリットは(少なくともわたしには)感じられません。
ロッシとの共演はピアニストの死の年の記録で、おそらく同曲異演中最後のものでしょう。ところどころに、偶発的なミスではなく、指がいうことを聞かないためではないかと思われる類の弾きまちがいが散見されて、いくらかの痛ましさを覚えますが、調子はだんだん上向いて、二、三楽章は身体の衰えをほとんど感じさせません。澄みきったタッチのうつくしさが際立つ、晴朗な演奏です。
それとロッシのタクトが意外な拾いもので、お上手とはいえないオケを締め上げず、のびやかに弾かせることによって自然と出てくるおおどかな田園情緒がなかなか味わいぶかいです。
(いま調べたら、ロッシはこのオケの首席指揮者だったんですってね。オーケストラ・ビルダーとしては疑問符がつくなあ ^^;)
わたしが聴いたのはCETRAのCDで、九十年代なかばのNoNOISEリマスター盤――といえば音のよかろうはずがありません(高い帯域をバッサリとカット)。ただ、思ったほどは悪くなく――あくまで、思ったほどは、ですが――ハスキルのタッチの粒立ちや音色はあんがいよく分かります。