第一報

某巨大動画サイトに、ユーラ・ギュレールのリストのソナタが上がりました。

わたくし、ギュレールの芸術を賛仰することにかけては人後に落ちないつもりですが、五十年代半ばのデュクレテ・トムソン録音と七十年代のエラート/ニンバス録音とでは天と地ほども芸が変わっており、後者にこそ彼女の真髄がある――というのが個人的意見です。先年来仏TAHRAから一九六十年前後のライヴ録音がまとまって復刻されていますが、七十年代録音の二曲のノクターンをのぞいて、それらは五十年代半ばの芸風の延長線上にある演奏ばかりであり、二十世紀演奏史上におけるもっとも興味深い現象のひとつといっても過言とは思えないギュレールの芸風の転換の様態を窺わせるに足るヒントはついに見出されませなんだ。

一九七三年のエラート盤以前の録音で、これまで聴くことのできたうちもっとも新しいものは一九六二年の交響的練習曲でしたが、このロ短調ソナタは(公開子の言を信ずれば)一九六五年とさらに三年後れた記録であり、これこそ彼女の芸歴におけるミッシング・リングではなかろうかとわたしはにらんでいます。

五十年代の録音、とりわけショパンの第二協奏曲などを著しく毒していた、あまりに刹那的な表現のとりとめのなさがここに到って殆ど一掃されています。落ち着いた音楽のあゆみ。*1とりわけ二楽章の洗練された佇まいのうつくしさは印象的で、巡礼の年など弾いていたらきっと上手だっただろうなあと思います。蓋し、ここにある種の凄みが加われば、あの偉大なハ短調ソナタの域に到るのです。

ひとつだけ残念なのは最後の最後が尻切れとんぼで、コーダが聴けないこと。完全版が上がるといいんだけど……!?

*1:聴き方を変えれば、五十年代のとんでもなく濃密で蠱惑的な表現が失われてしまったといえなくもない、かな……!?