身も蓋もない話

こんなことを書いているのでフルトヴェングラーブルックナーばかり聴いていますが、たまにチェリビダッケクナッパーツブッシュブルックナーを聴くと、これがもうどうしようもないくらい素晴らしく聴こえて仕方ありません(笑)。

実際のところフルトヴェングラーブルックナーを聴いていても、一部のフルキチみたように「これぞ至高のブルックナー」などという気にはなれません。かといって宇野氏一派のように最低最悪と決めつけるような物言いもしたくありませんが、四十年代のブルックナー演奏に関しては、こんなんブルックナーでもなければフルトヴェングラーでもなし、と言いたくなります。

五十年代の演奏はですね、しかし少なくとも、きわめてフルトヴェングラー的です。アッチェレランドも慣れれば気にならなくなるし(そりゃあもう、一日に三回も聴いてたら)。そもそもシューリヒトやヨッフムに許されることがフルトヴェングラーには許されない、という方がおかしい話なのです。

だけどチェリ様で聴くとブルックナーってつくづく凄いなあ、と……

(ちなみにきのう聴いたのは第五の一九八六年ベルリン・ライヴ。録音はともかく演奏自体はALTUS盤以上でした)