フルトヴェングラーのブルックナー(十五)

一九五一年の第四(わたしが聴いているのは十月二十九日ミュンヘンでのライヴです)はブルックナー・ファンにはあまり評判のよろしくないレーヴェ版による演奏ですが、「改訂度」が第七、第八の例に比べて著しい分フルトヴェングラーの解釈と「初版的なるもの」との相関がはっきりと見て取られるかと思います。

さてフルトヴェングラーブルックナーといえば兎角アッチェレランドが指弾されます。それも音楽のヤマを仮に大中小とすれば大ヤマは無論のこと中ヤマ小ヤマまで満遍なく激しい加速を施すというその流儀は、同じ改訂版を使用するクナッパーツブッシュでもそこまではやっていないこともあってか「フルトヴェングラーの体臭がブルックナーを台無しにした」と口をきわめて痛罵されていることは皆様ご承知の通りでしょう。

しかしそのような解釈がフルトヴェングラーの恣意によるものではないことがこの演奏を聴くと良く分かるでしょう。というのも、巨匠が盛り上げるところの多くが、レーヴェによってオーケストレーションが改変され、ティンパニのおどろおどろしい轟音が鳴り響いていたりする個所と一致しているのです――換言すれば、「フルトヴェングラー特有の」ダイナミズムは、その実初版特有の改変に沿ったものであり、さらに云えばハンス・リヒターやレヴィに始まるブルックナー演奏の伝統にのっとったものでもあるのです。クナの例もありますのでニキシュやシャルクがフルトヴェングラーそっくりの演奏をしていたであろうとまでは云いませんが、少なくとも、一九三四年以前の独逸楽壇においてフルトヴェングラーブルックナー演奏が異端どころかむしろその王道を行くものであったであろうことは疑われません。ブルックナー協会総裁の肩書きは伊達ではなかったのです(笑)。

この演奏は前半楽章がとくに個性的ですが、現代のわたしたちからしても少々平板に聴こえる憾みなしとしないこれらの楽章にレーヴェが加えた改変がそれだけ効果的であったということかもしれません。わたしの知る限りでは「改竄版」というだけで拒否反応を示す向きにもフルトヴェングラーの第二楽章の演奏は意外と好評を博していますが、実際、カイロの第七にも通じるしなやかでふかぶかとした歌と雄渾な起伏変転に満ちた聴き物です。

第三楽章に関しては先述したようにレーヴェによって大きなカットが施されていたのですがフルトヴェングラーはそれをほぼ原型に復しています。フルトヴェングラー独自のバランス感覚の一例でしょう(ついでにフィナーレのカットも戻してくれたら良かったのに……と言いたくなるところですが)。

そういえば宇野功芳氏はハイドン交響曲の旧版贔屓で知られていますが、ブルックナーの初版にもそれに通じる先人の知恵が存分に注ぎこまれているわけで、この曲の第二楽章のように現代の聴き手にとっても過去のものと切り捨ててしまうにはあまりに魅惑的な表現の可能性がそこには秘められているとわたしは思います。

原典版の出現とヨッフムをはじめとする指揮者たちによる原典版を通じての演奏活動が六十年代以降のブルックナールネサンスを現出せしめたことは確かでしょうが、それではフルトヴェングラーの時代は「暗黒の中世」だったのかというと、現代史学が中世における文芸復興への萌芽を指摘して暗黒中世史観を排撃した例もあるように、原典版と初版との間で揺れ動いたフルトヴェングラーあってこその後世なのでは、という思いを今のわたしは禁じ得ません。


わたしも昔は頭が固かったので心から演奏を楽しむことができませんでしたが、その当時でも三楽章のトリオの美しさなどには素直に心奪われるものを感じていました。フルトヴェングラーブルックナー(及び改訂版)に良い印象をお持ちでない方にはこの辺だけでもつまみ食いしてもらって、五十年代のフルトヴェングラーならではのふかぶかとした歌の魅惑を知っていただきたいものです。

それと、この演奏は昔から録音状態が良くないことで知られており、わたしも最初に聴いたロンドン国内盤には満足できず何枚か買い替えをしました。ARCHIPELの毒々しいリマスタリングは論外として、ORFEOとTAHRAからまあまあ鮮明で同時期の他録音と比較して遜色ない程度には聴ける復刻が出ています。個人的には少々エッジが甘いとしても温かみとヴォリューム感のある後者で聴くことが多いのですが、前者もクラウス=アイヒンガーものとしては十分許容範囲内の出来でした。少なくとも、これ以上を求めてもあまり多くを得られはしないだろうという程度には。