フー・ツォン(承前)

一楽章のテンポに関しては、わたしはとくに遅いとは感じませんでした。二十分前後の演奏ならいくつか聴いていますが、なにしろその面子が濃い(笑)。

それより何より、ピアノのタッチがいかにも即物的なのがいただけません。ある程度は美学上の信念の問題なのかしれませんが、それ以上に、タッチのコントロールが利いていないため、ピアノが雑な鳴り方をしていることが気になります。前述のCBS録音ではそれほど気にならなかったことを思うと、酷な云い方ですが、衰えが出たのでしょう。

わたし個人は、コルトーやエトヴィン・フィッシャーといった巨匠たちの、イマジネーションゆたかで、ピアノが打楽器であるということを聴く者にしばし忘れさせるような歌心に満ちあふれたピアノの音色をもっとも尊びますし、いま現在においても、たとえばアンデルジェフスキのように、神経のピンと張りつめた、磨きぬかれた美しいタッチの持ち主がいます。こういうフー・ツォンのピアノを聴いて、官能美だの何だのと云々するひともあるようですが、わたしにはちょっと信じがたい話。

併録されたハイドンのピアノ協奏曲第十一番は、ミケランジェリやフィッシャーの名演があるだけに聴き劣りするのはいかんともしがたい(そもそも曲が、ベートーヴェンにもまして精妙なタッチのコントロールを要求しています)ところですが、二楽章で、一瞬、ナマで聴いたショパンエチュードを彷彿とさせる、ほの暗くもうつくしい瞬間があったのが、懐かしかったです。